小林よしのり氏から新刊の『ザ・議論』(毎日新聞出版)を
送って戴いた。
ご厚意に感謝。
東京大学大学院教授で元日本法哲学会理事長、
リベラリズム論の第一人者とされる井上達夫氏との
「天皇」「歴史認識」「憲法9条」を巡るガチンコ討論。
サブタイトルが「『リベラルvs保守』の究極対決」。
いかにも興味をそそる。
「あとがき」に井上氏がこんなことを書いている。
「人と議論して、こんなに爽快な気分になったことはない。
…疲労感を覚えるどころか、元気をもらった。
…理由は簡単、かつ本質的である。
彼と私は、本物の議論をしたからである」と。
小林氏も「まえがき」でこう述べている。
「わしは井上氏との対談をやってみて『これぞ議論!』
という感覚になった」と。
だから書名が『ザ・議論』。
早速、拝読。
看板に偽りなし。知的なスリルに満ちた快著だ。
これを読むと、その辺に転がっている左右の予定調和的な紋切り型の
言説のつまらなさを、改めて痛感するだろう。
いくつか両者の発言を紹介しよう。
「天皇制が同調圧力を拡大させる、ということに加え、
私が天皇制に反対するもうひとつの理由は天皇・皇室の人権の蹂躙
です。
…なぜ権威を天皇という人格に頼るのかがわからない。
天皇という権威は権力に利用されることがあるけれど、
権力に還元できない権威があるんですよ。
それは、立憲主義や法の支配といった人格化されない原理や理念です」
(井上氏)
「われわれがそういう『原理』に権威を感じるなんてことが、
本当にあるんですかね。
…日本の場合は、歴史を集約して国柄を代表している天皇の権威を
信じたほうが、国が永続するとわしは思っちゃうんですよ」(小林氏)
「祖父の世代は日本の独立を守るために戦ったのに、
戦後のわれわれはまだ主権を取り戻してもいない状態でしょ。
アメリカの従属国であることに甘んじて、自主防衛もやっていない。
…情けない奴隷みたいな分際で、アメリカと戦った祖父の世代を
『あいつらは中国で悪いことをした』と責めるばかりでいいのか
どうか」(同氏)
「特攻隊だって、死ななくていい命だったはずですよ。
…祖父の世代を責められないという倫理観を抱きながらも、
少なくとも自分で自分の責任を抉(えぐ)る努力はすべきと思います」(井上氏)
「わしは第一に、特攻隊や戦艦大和で死んでいった人たちを含めた
祖父の世代の苦労や無念さ、彼らに対する感謝の念などを
自分の中に常識として取り入れ、次の世代に伝えていきたいと
思います」(小林氏)
「私が戦力の保持と徴兵制をセットにするのは、
戦力を強化するためではありません。
…無謀な軍事行動に対してすべての国民が血のコストを
払わなければいけないとなると、国民は軍事行動の監視と抑止の責任
をもっと真剣に引き受けることになる」(井上氏)
「グローバリズムと民主主義は対立するんですよ。
それなのに、あれほど民主主義が大好きだって言っている人たちが、
グローバリズムも大好きだから困ってしまう。
民主主義の基盤にナショナリズムがあることを、いくら説明しても
わかってくれない」(小林氏)
「日米安保も破棄して、米国の核の傘から抜けるんだったら、
リアリストなら日本の核武装を考えるのは不思議ではない」(井上氏)
「私は世界政府に否定的です。
…権力が腐敗、暴走する危険は世界政府にもあるし、
サイズがでかい分、民主的統制もより困難になるから、
この危険はむしろ高まると思う。
それなのに、世界政府が狂ったとき、その統治下で生きていく以外に
選択肢がないのは危なすぎるでしょ?」(同氏)
「どうも勘違いされているんだけど、わしは平和主義者なの!
だから日本が国連の常任理事国に入って、主体的に平和な世界づくり
に貢献したい。
そのためには戦後体制から脱却して、独立国にならないと
いけないんですよ。
そうしないと、いつまでも旧敵国というマイナスの立場しか
いられない。
平等なスタートラインにさえ立てないんです」(小林氏)
…キリがないので、ここらで打ち止め。
この本の、知が奔騰する面白さの一端でも、
感じ取って戴けただろうか。
ここから先は本書を手に取って、タブーと“お約束”を排した
正真正銘の「議論」の醍醐味に直接、触れられることをお勧めする。